体調が悪い、と言うよりは存在自体がヤバイという混沌とした状態の中、結局仕事を休んで昼過ぎからなんとか『切り替え』を目論み、本厚木まで買い物に出る。
切れかけていた化粧品等の買出しを終えた後、『なにか』を探して本屋をうろつく。
カオス脳を暴走させながら、棚に並んだ本の背表紙や平積み本の表紙などを眺めて歩く。
あぁ私は今、『発情期』と同じような『混乱期』なのだわ。
なんで混乱期に突入しちゃったのかなにがいけなかったのかちっともわかんないけど、そういう時期だから仕方ないのね。
などと考えていたら、唐突に西原本が欲しくなった。
本屋の中を、『西原茸』とか『アジアパー伝』とかその辺りを求めて隈なく探し、見当たらないので次の大型本屋へ移動する。
『毎日かあさん』や『できるかな』シリーズは全巻揃っていたが、今の私はそんなぬるい物ではダメなのだ。
ふと見ると、少し離れたところに『人生一年生2号』があったので、それを買ってアフタヌーンティールームに入った。
そもそも私が西原理恵子という人を知ったのは、シャ○中DJと組んでイベントをやっていた時に、私の片腕というより半身となって働いてくれていた、躁うつ病の年下の男が、私の家にありったけの西原理恵子の漫画を持ち込んで来たのが最初だった。
「きっと青木さんは、はまると思いますよ」と嬉々として私の目の前に積み上げて見せた。
ついでに私のパソコンのモニターに、ねこぢるのキャラクターのシールを貼って行った。
またあるときは「プレゼントです」と言って『サイバラ貼り倒しシール』なるものを私にくれた。
西原理恵子の本は、彼の予想通り、私には大変面白く、底なしの暗黒感も水のようにするすると私の中に入ってきた。
私が自ら西原理恵子の本を好むようになると、彼は「青木さんにサイバラを教えたのは僕ですから!」と言って大変自慢げに喜んでいた。
アフタヌーンティールームで、ショートケーキを食べ、ダージリンとジャスミンのお茶を飲みながら『人生一年生2号』を読破した頃には、私の中の混乱がすっかり片付いていた。
そう、そもそも私はどうすっころんでも出身が『虐待を受けて育った人』でしかねえんだよ。
それがちょっとばかり薬のおかげで日常が楽になったからって、すっかり忘れた振りして普通の人と同じところを足場に、物事を積もうとするから訳わかんなくなるんだよ。
『地に足を着ける』と言うけれど、私の『地』は海抜マイナス1000メートル位の所から始まってるのだ。
それを忘れて上物を築こうなんて気になってたのがいけない。
我、我を発見せり。
アフタヌーンティールームで会計を済ませて外に出る頃には、すっかり自分を取り戻していた。
パレードやなんやで、むやみに希望的でポジティブな物を吸収し切って自分を見失っていたわ。
私の足場はそこにはないのに、そこから始められるような気になっていたのだ。
一年に一度のあのパレードは、きっと私にとって『愛』の存在を確かめに行くような場所なのだ。
『ある』か『ない』か。
それはプログラム上の『0』か『1』か、みたいな物で、ただそれだけで世界の構造がすべて違ってしまう。
私は『ない』世界で育った。
だから『ある』事を確認する事がとても重要で、それ次第で自分の生きる世界が全く違ってしまうのだ。
けれど私は『ある』世界を出発点にすることは出来ない。
『ない』世界から始まった私が『ある』世界でどんな風に生きていけるのか。
そもそもそうやって目の前で『ある』事を常に示されていなければ信じることも出来ないというのに。
だから私は「愛? なにそれ喰えるの?」とか普通に言っちゃうサイバラ本で正気に返れるのだ。
そこから始めなければ一歩も進めないから。
ちなみにこの『人生一年生2号」では、『この人に会いたくない』コーナーとして、西原理恵子氏が『会いたくない(?)』人たちを一堂に会して鍋を突きつつ対談するというのがあるのだが、その面子の中に卯月妙子氏がいた。
ザボーガーさん、アンタ、以前、私の事を「卯月妙子とキャラ被ってる」などとぬかされましたが、あんな「相手の糞尿ゲロを食べるのも食べさせるのも好き。それって愛だから」などという人と私を一緒にしないで下さい。
私はスカトロ系は嫌いだし、そこに愛を見出したりしねえんだよ。
(ちなみに私は卯月妙子氏の事は好きでも嫌いでもありませぬ。そもそもよく知らないし。)
と、個人攻撃で締めくくる暗黒日記。
明日より社会復帰します。